第11章 ④ 小児心臓CTアライアンス
放射線医学の世界では、肝臓・胆嚢・膵臓を中心とする腹部や脳神経がいわゆる「花形」である。私見だが、次に来る花形が呼吸器や生殖器や運動器であり、循環器や小児を専門にしようとする人はマイナー、あるいはちょっと変わり者とみなされているかもしれない。そんなわけで、小児×循環器である小児心臓というのはマイナー中のマイナーで、もはや一つの「領域」として認知されているとはいいがたい。国内で小児心臓が得意な放射線科医として名前が上がるとしても、せいぜい数人。世界的に見ても小児心臓を専門とする放射線科医は稀であり、この業界で活躍している先生たちは互いに顔見知りで、いつも同じメンバーが互いに仕事を頼みあっているような状態なのであった。
心拍数が150ほどもある乳児の心臓をきれいに撮るには、機器のスペックが十分に高くないといけない。10年ほど前までは技術が追い付かず、心臓カテーテル検査並みかそれ以上の大量の放射線を使って、何とか撮影していたのである。それがこの10年の間にCTの機械が長足の進歩を遂げたことで、胸部レントゲン写真1枚と同じ程度の放射線量で、診断に十分な画像が撮れることが、東大を始めとする世界の複数のグループから発表された。
かつては欧米では、高い被曝を嫌って、小児の検査はMRIを用いることが多かった。MRIは撮影時間が長いために、深い鎮静(麻酔)をかけなくてはならず、子供にとってはリスクも大きかったのだが、被曝のリスクよりましだと考えられてきたのである。だが、被曝の心配が無視できるレベルまで低下したことで、この5年ほどの間に欧米でも急速に小児心臓CTが普及しだした。アジアの国々も、多くは経済成長が追い付いて、ハイスペックなCTが設置されるようになってから小児心臓CTが普及したために、導入されたばかりの時期から最新の撮影法を使っている。つまり、欧米もアジアも、小児心臓CTの普及が遅れた分、胸部単純写真並みの低線量での検査が一気に普及したのである。
翻って日本は、昔から人口当たりのCTが多い国であった。CT検査が普及していた分、長年同じルーチンの撮像法が続けられている施設が多く、小児心臓CTについても、旧態依然としたカテーテル検査並みの線量で検査を行っている施設も少なくなかった。放射線量が多いということは、将来の発癌リスクがそれだけ高まるということになる。最近の世界標準に照らし合わせても、日本の現状は看過できなかった。
2019年3月、アジア心臓血管放射線学会でこのことを痛感した私は、国内の被曝低減に向けて全国的なアクションを起こすことを決めた。それまでの数年間の講演行脚で、自分一人がちょっと頑張って講演したくらいでは、各地域の病院に実際に撮像法を変えてもらえることなどまずないことを肌で感じていた。必要な施策が3つ。全国の実態調査を行い、模範となるべき先進施設の結果と合わせて公表すること。みんなが苦手な小児循環器が得意になり、適切な撮像法や線量管理を学べるようなセミナーを全国で行うこと。そして各地域に小児心臓が得意な放射線科医がいるようにして情報交換を促すことと見定めた。
構想から半年、2019年9月に、上記の活動を目的とする、日本小児心臓CTアライアンスが発足し、私は代表に就任した。メンバーは、北海道・東北・関東・中部・関西・中国・四国・九州の各地域を代表する放射線科医14名、地域によらず小児が特に得意な診療放射線技師5名、被曝関係の統計処理を得意とする研究者の先生1名である。皆さん小児放射線や循環器放射線の領域で、日本を代表する錚々たる先生方ばかりである。ここ数年、国内外の小児心臓CTの仕事を個人で抱えることが多かったが、強力なチームが結成されたおかげで、あらゆることを組織で抱えることが可能になった。人は力である。
2020年2月、東大病院にて第1回となる小児心臓CTスキルアップセミナーを開催した。日時を決め、会場を予約したのが12月中旬。こんな直前から受講者が集まるのか、小児心臓CTなんて見向きもされないのではないか、と心配したが、ふたを開けてみると、全国から50名の定員を超える応募があり、心配は杞憂に終わった。掘り起こせば需要はあるものである。普段お世話になっている小児科や胸部外科の先生方に先天性心疾患や手術の基本を教えていただいたのち、私からCT被曝の基本と国内外の現状に関する講演を行い、撮影実習、小さめのチームに分かれての読影実習を実施した。全国から日本小児心臓CTアライアンスメンバーが駆け付け、各種係や読影実習の講師を務めて下さった。また、朝早くから東大の若手医局員や診療放射線技師の皆さんも設営・撤収を含めて手伝ってくれたことは、忘れられない。関わってくださった方、集まってくださった方全員への感謝に心震えた一日であった。
全国レベルでアクションを起こすには、このようなセミナーも各地域を回って開催する必要がある。次回は大阪の国立循環器病研究センターの先生が、当番幹事を引き受けてくださることになった。並行して、いよいよ本丸の仕事である放射線量の実態調査を行うための準備に入る。アライアンスができたことで、個人で活動していた時には考えられないような大きな仕事を行うことが可能になった。組織の強さを実感し、これからの活動が楽しみになってきた2月末、世界に思わぬ難題が立ちはだかった。