前田恵理子: 第一線の放射線科医で患者である私の当事者研究

東大病院の放射線科医として循環器画像診断や医療被ばくを専門としています。患者と中高時代以来の超重症喘息と闘いながら受験やキャリア形成、結婚・妊娠・出産を乗り越えてきました。2015年以降肺癌(腺癌→小細胞癌への形質転換)を6回の再発、4回の手術(胸腔鏡3回、開頭1回)、3回の化学療法、2回の放射線治療、肺のラジオ波焼灼、分子標的薬治療により克服しました。脳転移と放射線壊死による半盲、失読、失語も日々の工夫で乗り越えています。医師・当事者としての正確な発信が医学の進歩に帰することを願っています。

オリゴメタの治療戦略

 オリゴメタとは、少数(オリゴ)転移(メタ)を意味する用語です。局所治療がどのくらいよく効くかは癌の種類によってかなり異なりますが、我々の世界では肝転移や肺転移がある大腸癌の患者さんで、手術やRFAを積極的に行い続けることで、いつの間にか癌が出なくなる、ということをよく経験します。

 肺癌でも、最新のステージングでは胸部だけに転移が限局しているもの(Stage IVa)、胸部以外にも病変があるが少数のもの(Stage IVb)は、全身に多数転移がある者(Stage IVc)とはステージを分けて考えることになっており、Stage IVaやIVbはそれだけ予後や治療効果が期待できることを示します。

 オリゴメタに対する積極的な局所治療(手術、放射線治療、IVR)により救われる患者さんがいること自体、医療の中でも知られていなかったり、懐疑的な見方をされたりすることがよくあります。懐疑的な見方をされてしまう一番の理由は、「オリゴメタ」という集団があまりに多彩で、まとまったエビデンスを作りにくく、着実な局所治療を繰り返すことが本当に予後を改善するのか、誰も知らないからです。でも、オリゴメタに対する積極的な局所治療の恩恵を受ける患者さんは確実にいます。今後もエビデンスが作りにくい領域ではありますが、私の経験からオリゴメタとその治療戦略に関して「これもアリだよね」と思ってく下さる方が増えるように、経過や画像を公表することにしました。

 

1、原発巣(2015年2月、37歳)

 2015年2月に職場で行われた健康診断を自分で読んで、肺癌が疑われることを自分で発見しました。その場で同僚にCTを撮ってもらい、癌と確信したのがこちらの画像です。

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2015年2月に自分で診断した原発性肺癌

 左肺上葉切除の結果、胸膜浸潤(pl2)と胸腔内洗浄細胞診Class 5(悪性)があり、ステージはT2aN0M0、Stage IBと診断されました。胸膜浸潤があると、Stage IBとしては予後が悪い(5年生存率30%程度)と予測されたため、術後補助化学療法として日本の標準治療であるUFT2年間服用ではなく、シスプラチン(CDDP)とナベルミン(VNR)を4コースという普通の化学療法を行いました。

 

2、再発

 2017年7月には、胸膜に接して6か所の小結節が出現し、翌月のフォローCTで増大傾向を認め、悪性腫瘍の再発と判断されました。過去に胸膜浸潤があったこと、いずれの結節も胸膜に接するように見えることから胸膜播種が疑われ、分子標的薬のアファチニブ(ジオトリフ)を開始することになります(のちに胸膜播種は否定)

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2017年8月に指摘された胸膜結節。

3、再発②③④(肺内転移・縦隔転移)

 2019年1月には、胸膜の結節が急速に大きくなり、肺靭帯リンパ節に20mm大の転移も出現しました。FDGの集積も高く、これまでの腺癌とは性質が異なると判断し、診断と治療を兼ねて手術で肺底部の結節(6カ所の再発結節のうち5カ所いっぺんに)と、肺内リンパ節転移を切除しました。

 当時は胸膜の結節は播種と思われていたため、手術適応はないのではとかなり議論になったのですが、病理の結果、胸膜に並んだ結節はいずれも肺の膜(内弾性板)の肺実質側に存在することがわかり、いずれも播種ではなく肺内転移であると判断されました。胸膜播種がなかったことにより、根治性がある可能性がでてきたことは非常にラッキーでした。

 手術の結果、小細胞癌への形質転換が認められたため、カルボプラチン(CBDCA)とエトポシド(VP-16)の化学療法を4コース行いました。

 2019年6月、化学療法終了後のCTで、残っていた最後の結節が増大したため、3回目の手術を受け、残存結節を切除しました。病理は腺癌でしたが、この時行われた東大オンコパネル検査により、腫瘍細胞にp53+RB1+PTENの変異が見つかり、遺伝学的には腺癌ではなく小細胞癌とわかりました。これがわかったことで、一見腺癌に見えても今後急速増大して小細胞癌が顕在化するリスクを抱えていることがわかり、以後の迅速は判断に役立ちました。

 2019年9月、左心房に接する肺門リンパ節に22mm大の転移が出現。FDGの取り込みも多いことから小細胞癌の再発と判断されました。切除には人工心肺を回して左肺の摘出+左心房の一部の摘出が必要でリスクが高すぎるため、放射線治療(SRT 50Gy/10Fr)を行いました。

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2019年に行われた2回目ー4回目の再発治療

4、再発⑤(脳転移)

 2020年3月には、急速に増悪する脳圧亢進症状(頭痛、嘔吐、吐き気)により、左後頭葉に5cm大の再発が発覚しました。

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 左後頭葉を中心とする開頭手術で腫瘍を取り切れることが出来ましたが、両目の右視野を司る左後頭葉を失ったことで、右同名半盲や失読の症状に苦しむことになりました。これは、脳の一部を失ったために固定した障害ですので、今後一生付き合っていかなくてはいけません。

 病理は小細胞癌でしたので、治療終了後IMRT(30Gy/5Fr)の放射線治療を行ったうえで、2回目となるカルボプラチン(CBCDA)+エトポシド(VP-16)4コースの化学療法を行いました。放射線治療の後には、後頭部に広範な脱毛が起き、化学療法でさらに薄くなりましたが、4か月ほどすると髪の毛は再び生えてきました。

 

5、放射線脳壊死(Radiation necrosis)

 12月に入ると、急速に増悪する脳圧亢進症状(頭痛、嘔吐、吐き気)に加えて、言葉が出にくい、言葉が理解できない、ものが読めないといった症状が出現し、緊急入院となりました。

 診断は放射線治療に伴う脳壊死で、照射後にまれに起きることのある後遺症でした。

 ステロイドとグリセオールで脳浮腫を取り、脳圧を下げる治療を行うことで、脳圧亢進症状、失語症状は改善してきましたが、失語に関して残っているものもあります。

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放射線脳壊死が一番ひどかった時の画像。脳ヘルニア寸前の危険な状態です。

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放射線脳壊死は、放射線科医としてもまさかの経験でした。

6、再発⑥(肺内転移)

 放射線壊死に対して入院した際のCTで、左肺底部の結節が次第に増大していることが判明し、肺内転移と思われました。前述のとおり、放射線脳壊死治療との兼ね合いもあり、最速で最も安全に治療を行う方法として、RFAで肺転移を焼灼することにしました。

 治療は日帰りで成功裏に終わり、現在は完全寛解(Complete Responce)となり、キャンサーフリーを謳歌しています。

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3カ所の肺底部再発とそれに対するRFA

 

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