前田恵理子: 第一線の放射線科医で患者である私の当事者研究

東大病院の放射線科医として循環器画像診断や医療被ばくを専門としています。患者と中高時代以来の超重症喘息と闘いながら受験やキャリア形成、結婚・妊娠・出産を乗り越えてきました。2015年以降肺癌(腺癌→小細胞癌への形質転換)を6回の再発、4回の手術(胸腔鏡3回、開頭1回)、3回の化学療法、2回の放射線治療、肺のラジオ波焼灼、分子標的薬治療により克服しました。脳転移と放射線壊死による半盲、失読、失語も日々の工夫で乗り越えています。医師・当事者としての正確な発信が医学の進歩に帰することを願っています。

当事者研究の開始について

 もともとPassion 受難を情熱に変えて(医学と看護社)の原稿執筆のために立ち上げたこのブログ。Passionの出版後は方向性が定まっていませんでしたが、このたび、本サイトは第一線で活躍する放射線科&患者として、正確な情報と言葉に基づいて当事者経験を発信する場してリニューアルしました。

 

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2020年12月初旬、3回目の化学療法後やっと髪の毛が生えてきて、久々に学内の美容院に行きました。

 43年間の人生、約30年間は病気と闘いながら過ごしてきました。

 10代の頃、特に医学部に入るまでは自分が海のものとも山のものともつきません。病気という「人生に不利になる情報」にはできるだけ触れずに社会生活を送るように心掛けました。厳しい呼吸困難が持続する中、一番苦しいことに目を背け続けることは心身に大きな負担を与え、心身の変調をきたしたこともありました。20代の頃は、在宅酸素になったり大腿骨頭壊死で脚が不自由になったりと、見た目で病気を隠すことができなくなりました。それでも、できるだけ病気のことがキャリアや結婚・出産を含めた人生設計にマイナスにならないように努力しました。その結果、20代、30代では自分の闘病経験とはほとんど関係のない放射線医学の領域でキャリアを積むことができ、金融マンである夫と結ばれ、男の子を授かり、人生の基盤を確立することができました。

 肺癌になったのは37歳の時でした。以後、プロフィールのもあるような手強い再発・転移と相次いで闘ってきました。3回目の再発で予後の悪い(生存期間の中央値が8か月)小細胞癌が出たとき、ここでこれまでの人生で学んだことを書かなかったら絶対に後悔する、と、半生記「Passion 受難を情熱に変えて part 1 & 2」を執筆しました。これが転機となり、新聞、Webメディアやラジオなどで患者経験を発信する場が増えてきました。

 もう一つの大きな転機となったのが、2019年9月に受けた、4回目の再発に対する胸部の放射線治療でした。

放射線科医として放射線治療を経験する」

この経験が、放射線科医としての自分の広がりを決定的に変えました。放射線診断専門医は、専門医の一次試験までは放射線治療の勉強もしますので多少の知識はありましたが、当事者として経験する放射線治療は、診断医にも治療医にもなかなかできない、第3の視座を与えてくれました。

 その後も、2020年3月の5cmの脳転移の手術+放射線治療+化学療法、腫瘍そのものと手術により左後頭葉を失ったことによる半盲と失読、2020年12月に生じた放射線脳壊死(radiation necrosis)とそれによる失語と、色々経験しました。これまで当たり前のようにできていたいろいろな能力を失い、率直に言って辛いことの連続ででした。しかし、特に脳の世界は、患者が実感している世界と医学用語で知っている世界に大きな隔たりがあり、意外に医療スタッフには見えていないことが多いとを実感しました。また、数々の不便な症状を克服しながら仕事を継続するため私自身が編み出してきた工夫が、他の患者さんや彼らの診療に当たる医療者にとって、リハビリや社会復帰の場でどれだけ参考になるかを知りました。

 極めつけては、2020年12月の脳壊死時に見つかった、6回目の再発である肺内転移でした。脳浮腫の治療ですぐには手術を受けられない状況でしたが、相手は癌ですから放置しておくわけにはいきません。私は放射線科医の仲間にコンタクトをとり、「電子レンジの原理で肺の病変を焼く」、ラジオ波焼灼(RFA)という治療を受けることにしました。放射線科では非常に期待がかかる治療ですが、関西のごく一部の施設でしか行われていない自由診療の治療です。結果は大成功で、心臓、胸膜、横隔膜に接する3か所の難しい転移を、日帰りで、きれいさっぱり焼き切ることが出来たのです。

 

 放射線治療放射線脳壊死、肺RFAと経験してきて、私は確信しました。

 

 私の経験は私だけにとどめておいてはいけないと。

 放射線科医として、骨の髄まで放射線医療を経験した私が書き残すことが、放射線医学を進歩させるのだと確信したのです。

 そこで、まずはこちらのブログに当事者研究として書き溜めていくことにしました。当事者研究というジャンルはサイエンスの中でも手法が固まっているわけではないようですが、いずれ適切な発表の場があればぜひ、機会を頂ければ幸いです。

 

 最後に、当事者として経験したことのリストを掲載しますので、参考にしていただければ幸いです。こちらのブログやメディアでのリクエストもお受けしますので、ご興味のある方はご連絡ください。

 

【喘息】

気管支喘息アスピリン喘息、喘息重積発作、肺性心、心不全、呼吸停止、心肺停止、CPAサバイバー、気管内挿管、人工呼吸、在宅酸素療法、呼吸リハビリ、ステロイド依存性、ステロイド抵抗性、免疫抑制剤、シクロスポリン、金製剤(シオゾール)、ステロイド減量、運動療法、酸素からの離脱

 

ステロイド副作用】

大腿骨頭壊死変形性股関節症、脚長差、外転外旋拘縮、加圧トレーニング(による拘縮の解除)、ステロイド緑内障、線維中切開術、ステロイド白内障ステロイド不眠、肥満、ステロイド下のダイエット(医学生時代に12kgの減量に成功)、生活習慣病予防

 

【妊娠出産】

ハイリスク妊娠、低酸素、在宅酸素療法、周産期管理、帝王切開

 

【肺癌】

検診(自分で発見)、腺癌、胸腔内洗浄細胞診Class 5、胸膜浸潤、pl2、術後圃場化学療法、EGFR遺伝子変異、exon 19 del、シスプラチン、ナベルミン、CVポート、肺内転移、肺靭帯リンパ節転移、サルベージ手術、小細胞癌、神経内分泌癌、形質転換、カルボプラチン、エトポシド、脱毛、外見ケア、ウィッグ、ジオトリフ、肺門リンパ節転移、SRT、放射性冠動脈周囲炎、左後頭葉転移、開頭手術、IMRT、放射線脳壊死、脳浮腫、脳ヘルニア、ステロイド減量、イソバイド、ラジオ波焼灼(RFA)、肺RFA、

 

【脳機能障害(脳転移の治療+脳壊死の結果生じたもの)】

同名半盲後頭葉、側頭葉、優位半球、探索障害、失読、逐語読み、言語野、失語、意味失語、無意味語、漢字、ひらなが、かたかな、Wernicke野、紡錘状回、角回、優位半球

 

放射線医学関連の患者経験】

CT、MRI、PET-CT、CVポート、放射線治療、SRT、IMRT、治療計画、頭部CTのにおい、放射線脳壊死、radiation necrosis、肺RFA、都島放射線科クリニック

 

【こころのケア】

思春期、反抗期、親に言わない、低酸素、帰国子女、学業不振、努力、人間関係、うつ、自殺未遂、将来への不安、東大受験、医師国家試験、専門医試験、自立、自活、親になる、こどもへのがんの伝え方、ホープツリー、3つのC、小学生の成長、親の病気と子供、子供の成長とがんの理解、子供の生活力