前田恵理子: 第一線の放射線科医で患者である私の当事者研究

東大病院の放射線科医として循環器画像診断や医療被ばくを専門としています。患者と中高時代以来の超重症喘息と闘いながら受験やキャリア形成、結婚・妊娠・出産を乗り越えてきました。2015年以降肺癌(腺癌→小細胞癌への形質転換)を6回の再発、4回の手術(胸腔鏡3回、開頭1回)、3回の化学療法、2回の放射線治療、肺のラジオ波焼灼、分子標的薬治療により克服しました。脳転移と放射線壊死による半盲、失読、失語も日々の工夫で乗り越えています。医師・当事者としての正確な発信が医学の進歩に帰することを願っています。

肺RFA体験記 part5:気胸の合併症とソラシックベンド体験記

2021年1月4日に、大阪の都島放射線科クリニックにて、肺内再発3か所に対してCTガイド下経皮的ラジオ波焼灼術(Radiofrequency Ablation;RFA)による治療を受けてきました。part 1では、自由診療である肺RFAを選択した背景について、

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Part 2は、治療を行っていただいた大阪の都島放射線科クリニックのアクセスと、検査前に撮像したCTの画像診断について、

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Part 3は、実際のRFA手技について、

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Part はRFAを受けた後の自覚症状や画像所見の変化について、それぞれ詳述しました。

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 Part 5となる今回は、合併症のお話です。

 左肺S8の心臓に沿った細長い病変(病変3)は、2019年の手術で肺切除の際にクリップをかけた場所でした。クリップは心膜と癒着しており、この病変をクリップごと焼こうとすると、癒着していた肺に「穴」ができます。やむを得ないことですが、この穴から胸の中に大量の空気が漏れて、派手な気胸になりました。その気胸も、「ソラシックベント」という小さな器具を使って、らくちん、簡単に直すことが出来ましたので、ご紹介します。

 

1、気胸の自覚症状と画像所見 

 RFAの翌朝、起きると左胸の中にボコボコという音がしました。また、軽い息切れや胸の痛みもあるような気がしました。でも、過去に肺の手術を4回受けており、胸膜炎や自然気胸の経験もあり、その時に比べて大した症状でもなかったので、まさかこんな高度な気胸になっているとは思いもよらなかったのです。ホテルからクリニックまでも、さほど苦しく感じることもなく、一人で歩いて行きました。

 CTを撮ってびっくり。左肺の体積は1/3ほどになるほどペシャンコで、左胸腔内に大量の空気が漏れていました。

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 こんな高度な気胸になっているとは夢にも思っていなかったのですが、思い返せばこうなるのは、ある意味当たり前でした。3か所RFAしたうちの3つ目の病変(左肺S8の病変③)は、2019年1月に左肺底部に並んだ5つの結節をホチキスで切除した場所。肺はホチキスによって止まっているので、RFAの際にホチキスに沿って焼いたら当然、肺に穴があくのです。その穴から肺の中の空気が漏れて、大量の気胸になったのでした。

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2、気胸の治療方法

 気胸治療にはいくつかの方法があります。少量であれば自覚症状はないか、あってもごく軽度で、経過観察することが一般的です。肺RFAは肺を焼いて穴をあけるので、2-3割の方に軽度の気胸が起こりますが、多くの方は経過観察で問題なく完治します。

 高度な気胸では、胸腔内(肺と胸壁の間のスペース)にチューブを刺し、吸引して肺を膨らませる治療をします。1回膨らませただけでは、気胸の原因となった肺の穴から空気漏れが継続して、気胸が治らないことが多いので、胸腔内の空気を抜いた後に何らかの治療を追加します。

 多いのが胸腔ドレーンを入れる方法です。太さ1cmほどの管を胸腔内に挿入し、水圧を利用した電動ポンプで持続的に吸引します。よく、胸部の術後に行われる方法で、治療には入院が必要です。

 日本でも一部の施設(特に関西系)で、好んで用いられるのがソラシックベントです。気胸の原因がシンプルで、治りやすそうなものに対して使われます。次項で解説します。

 最後の方法が、胸膜癒着です。胸腔内の空気を抜いた後、胸腔内にタルクを蒔いて炎症を起こし、胸壁と肺の胸膜を癒着させ、胸腔内に物理的に空気が溜まらないようにする方法です。気胸の原因が複雑で、再発を繰り返すことが予想される場合に用いられます。この方法の弱点は、タルクという濃度の高い物質を使うために、CTで胸膜の周囲がよく見えなくなってしまうことです。すると、再発にいち早く気が付くことが出来なくなってしまうので、やむを得ない時にのみ行います。

 

3、ソラシックベント(Thoracic vent)体験記

 今回気胸治療に選んだのは、ソラシックベントというデバイスでした。

 ソラシックベントは、9cm×2cmほどの小さな箱のついた細いチューブを、胸壁に垂直に差し込んで使うデバイスで、電気も使いません。30分や1時間もあれば、病棟やCT室で簡単に留置することが出来ます。

 下図のルアーキャップから、シリンジなどで空気を抜くことが出来、私のように多量の気胸が起きた場合は、ソラシックベントを留置した後にまずここから気胸の空気を抜いておきます。これだけで気胸が改善し、肺がよく膨らんだ状態に戻ります(中図)。

 あとは、患者さんが自然に呼吸をするたびに箱の中に軽度の陰圧がかかり、自然に持続吸引がかかるというわけです。気胸の時は少量の胸水を伴うことが多いですが、胸水や血胸は、肺の下端にある「ドレナージポート」から、シリンジで吸引することが出来ます。このように、自然呼吸による陰圧を利用して持続的に気胸を治療しつつ、必要に応じて手動で空気や液体を吸引することもできる、優れた道具がソラシックベントなのです。
 1週間くらいであれば、ソラシックベントを置いたまま日常生活を行うことも可能だそうで、私もソラシックベントをつけたまま東京に帰り、1週間くらい留置しておくつもりでいました。実際は、1月7日にCTを撮ったときに、勢いよく両手をバンザイしたら、カテーテルが抜けてしまい、大阪で抜いて帰ることになりました。東京で撮ったフォローのCTでは、ごく少量の気胸が残存していましたが、経過観察で十分治る程度のものでした。

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 このようにソラシックベントは、患者さんの負担が少なく、とても便利なものです。留置に必要な物品はキットになっていて、簡単に留置することが出来ます。留置手技の動画を下にのせますので、導入してみようかなと思った先生方、是非ご覧になってください(英語、3分46秒)。

www.youtube.com

(この項おわり)