前田恵理子: 第一線の放射線科医で患者である私の当事者研究

東大病院の放射線科医として循環器画像診断や医療被ばくを専門としています。患者と中高時代以来の超重症喘息と闘いながら受験やキャリア形成、結婚・妊娠・出産を乗り越えてきました。2015年以降肺癌(腺癌→小細胞癌への形質転換)を6回の再発、4回の手術(胸腔鏡3回、開頭1回)、3回の化学療法、2回の放射線治療、肺のラジオ波焼灼、分子標的薬治療により克服しました。脳転移と放射線壊死による半盲、失読、失語も日々の工夫で乗り越えています。医師・当事者としての正確な発信が医学の進歩に帰することを願っています。

肺RFA体験記 part1:適応

はじめに

 2021年1月4日に、大阪の都島放射線科クリニックにて、肺内再発3か所に対してCTガイド下経皮的ラジオ波焼灼術(Radiofrequency Ablation;RFA)による治療を受けてきました。肝腫瘍に対しては熱で治療するRFAが、小さな腎癌に対しては凍結して治療するクライオアブレーションが保険適応ですが、肺に対するRFAはまだ保険が通っていない自由診療のため、アクセスが限られます。part 1では肺RFAの現状、適応の考え方と、今回私自身がRFAを選択した背景について探ります。

 

1、RFAとはどのような治療か

 RFAは、悪性腫瘍の治療方法のひとつで、現在では肝臓の悪性腫瘍に対して保険適応となっているものです。似た技術で、小さな腎癌に対するクライオアブレーション(腫瘍に針を刺して凍結して癌を殺す)も保険適応です。超音波やCTを見ながら(肝臓や腎臓では通常超音波を用います)、腫瘍に命中するように直接針を刺し、針の先から「ラジオ波」という電磁波のエネルギーを照射することで病巣に熱を与え、腫瘍を直接焼き殺してしまいます。焼き殺すことをしばしば「焼灼(しょうしゃく)」と言います。

 下図はWikipediaから拝借したものですが、電磁波は波長により性質や名称が異なります。一番有名な電磁波は、可視光(真ん中の虹色のところ)でしょう。可視光の中でも波長が短いものは青や紫色に近い光となり、もっと波長が短くなると目に見えない紫外線になります。波長がもっと短くなると、X線ガンマ線になります。逆に、可視光の中でも波長が長めのものは赤い光となり、もっと波長が長くなるとやはり目には見えなくなって赤外線になります。波長が特に長い電磁波を「ラジオ波」といい、RFAに用いられる波長はAMラジオに近いと言われています。

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電磁波の波長と名称

 RFA治療を行う医師は、エコーやCTで画像を見ながら適切な場所に針を刺し、さらに病変ごとに適切な量のエネルギーを与えて治療を行います。保険適応となっている肝臓のRFAは標準治療のひとつとして、主に全国津々浦々の消化器内科で広く行われています。

 

2、肺RFAの現状

 広く行われている肝臓のRFAや腎臓のクライオアブレーションに比べて、肺のRFAは同じ技術を用いるにもかかわらず、保険適応がないため実施している施設が非常に限られます。その理由の一つは、肺RFAを行うとすれば担当科となる放射線科のマンパワーと技術の問題があります。

2-1 放射線科医のマンパワー

 放射線科医は、画像診断を担う診断医と、癌の放射線治療を行う治療医に大別されます。肺RFAのような治療はInterventional Radiology(IVR)(日本語では、画像下治療)と呼ばれる領域に相当し、診断医の管轄になります。

 現代医療は画像診断に依存する部分が非常に大きいですから、CT、MRI核医学検査などの画像診断が全国で激増しています。画像診断は、出来上がった画像をパソコンの前で読んでいるだけと思われるかもしれませんが、一つの検査の中には、検査を正しく行うための適応判断、検査方法の選択、診断、依頼医との密なやり取り、治療方針を決める院内カンファランスへの出席、放射線量を適切に管理するための被ばく管理など、非常に多岐に渡る仕事が含まれます。

 直接患者さんの病気を治すことが出来るIVRは、診断医にとって非常にやりがいがあり、重要性も高いものです。でも、いかんせんマンパワーが足りません。我々は診断だけを取ってみても多岐に渡る業務と格闘しながら、IVRも行わなくてはいけない前提として知っておく必要があります。
 よく「AI(人工知能)が発達すれば放射線科医の仕事はなくなる」という趣旨の発言をする人がいますが、AIが担える業務は診断業務のごくごく一部に限られますし、そんなAIであっても「AIの手も借りたい」のが大方の放射線科医の本音です。

2-2 穿刺と焼灼の技術のギャップ

 さて、診断に忙しい放射線科医ですが、多くの施設で診断と同時にIVRを担ってきました。中でも肺の診断に欠かせない「CTガイド下肺生検」(CTを見ながら肺の病変に針を刺して、診断に必要な組織を採ってくる検査)は、臨床科の先生方に頼られる場面が多いものです。実は、放射線科医はCTを見ながら針を刺して肺の組織に命中させる、ということに関してはすでにエキスパートなのです。穿刺だけを考えると、RFAくらい簡単にできそうな気がしてしまいます。

 しかし、ラジオ波を当てて熱で焼く、となると、また次元の異なるステップなのです。どんな病変を治療するのに、どこからどれくらい熱を与えたら、再発や合併症なく治療できるのか。これまで経験してこなかった施設は、手探りで行わなくてはいけませんし、この手の手技は習ってできるものではなく、相当の経験が必要です。手技を習得して症例数を稼ぐだけでも難しいのに、全国で保険適応になるためには、多くの施設で許容できる程度の合併症発生率で、十分な患者さんに対して高い治療成績が得られないといけません。ここにとてつもなく高いハードルがあるのです。

 放射線科医の分布は全般に西高東低ですから、ただでさえマンパワーが少ない東日本の放射線科医は、新しい手技や診療体制の整備を行う余裕がなかなかありません。全国を見回せば、少ないながらも肺RFAを積極的に実施している施設はあるのですが、いずれも西日本の施設となっています。

 将来性のある素晴らしい治療だけに、放射線科医のマンパワーがもっともっと充実し、全国の患者さんが肺RFAの恩恵を受けられる日が来ることを願ってやみません。

 

3、肺RFAの適応

 上記のような背景もあり、十分なエビデンス(治療成績や安全性に関する信頼性の高い論文)がないため、肺RFAは今のところ標準治療にはなりえません。

 一般的によく使われる適応基準は

  • 原発性肺癌 転移がなく、単発で3cm以下
  • 転移性肺癌 3cm以内のものが3つ以下

 但し、施設によって多発肺転移に対する治療も行っています。参考までに、日本で(世界でも?)一番多くの件数を経験しており、私もお世話になった都島放射線科クリニックの治療成績や多発肺転移の焼灼に関するサイトのリンクを掲載します。特に、化学療法が効かなくなってしまった患者さんに対しては切り札の治療として喜ばれることが多いようです。

www.osaka-igrt.or.jp

 自由診療ですので数十万円(私の場合で70万円程度)の費用が掛かります。

 

4、私がRFAを選択した背景

 私が肺RFAを受けたのは、初発から6年目の6回目の再発でした。これまでの病歴を簡単にまとめると

erikospassion.hatenablog.com

  • 2015年2月 初発 左肺上葉切除+術後補助化学療法
  • 2017年7月 再発 胸膜結節、分子標的薬治療
  • 2019年1月 再発② 胸膜結節と縦隔リンパ節増大 手術+術後補助化学療法
  • 2019年6月 再発③ 手術
  • 2019年9月 再発④ 縦郭リンパ節転移 放射線治療
  • 2020年3月 再発⑤ 脳転移 手術+放射線治療+術後補助化学療法
  • 2020年12月 脳の放射線治療後の放射性脳壊死
  • 2020年12月 再発⑥ 3回目の再発の手術箇所に局所再発

という経過で、今回問題となったのは再発⑥です。これまでは「一刻も早い標準治療」をモットーとしてきましたので、私を知る周りのドクターたちにも意外に思われた選択でした。

 しかし、様々な事情を考慮すると、他にないという結論に達したのです。

  1. 再発⑥を除ければ、画像上ほかに再発がないこと。
  2. 肺結節は隣接する2つ(RFAの場でもう一つ見つかり3つ)で、局所治療で完全寛解可能
  3. 原発巣は胸膜浸潤あり(pl2)で胸腔内洗浄細胞診Class 5。胸膜に接する結節は画像上播種との鑑別が問題になったが、再発②③の手術時に病変は内弾性板の肺実質側に存在していて播種もなく、胸腔内洗浄液にも癌がいないことを確認しているため、播種はないと考えられること。
  4. 原発巣の病理は腺癌だったが、過去繰り返し小細胞癌への形質転換が起きており、2019年6月に実施した東大オンコパネル検査でも、腺癌であった組織から小細胞癌の遺伝子変異が出ており、潜在的には小細胞癌と考えられ、一刻も早い治療を行いたいこと
  5. 12月上旬に放射線脳壊死が起きたためにステロイド治療を行っていること。一般的に手術可能の目安と言われるプレドニン10mg(デカドロン1mg)換算に到達できるには相当の時間がかかりそうなこと。
  6. 肺病変を急いで手術するためにステロイド減量を急ぐと、放射線脳壊死による脳浮腫のリバウンドが起きるリスクが高いこと。
  7. 過去に喘息でも長いステロイド使用歴を経験しており、ステロイド減量を急ぐと脳浮腫に加えて喘息悪化(それも手術やコロナのリスク)の危険があること。
  8. 残存腫瘍に対して放射線治療を行う手もあったが、放射線肺炎により局所の状態がよく評価できなくなってしまうことに私が抵抗があったこと。
  9. 胸膜結節が播種でないことを確認したいこと。

以上の事情を考え、ステロイドを減量せずとも実施可能で、すべての条件を満たすことができる肺RFAを受ける決断を下したのでした。

 都島の先生とは個人的に学会やFacebookでつながりがあり、2020年12月26日にRFAを打診したところ、ちょうど1月4日の枠が空いているということで、2021年年明け早々、治療を受けることに決めたのでした。